2017年09月19日

ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 またしても久しぶりの記事となりました。季節はもう秋。ナムの季節も、もうすぐ終わりなのです……。



 2017年9月9日・10日に開催されたベトベトマニア第4戦、-Con Thien encirclement - に、農民の解放戦線戦士として参加してまいりました。いつものように長い記事ではありませんが、ぜひご覧ください。

ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 北側勢力がこれほど集まったのはベトベトマニア最終戦以来ではないでしょうか?(最終戦以上に集まったかもしれません)







ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 今回のベトベトマニアは67年後期。北側の主目標はコンティンの米海兵隊陣地攻撃となりました。数か月におよぶ小競り合いで米海兵隊は消耗しきっています。今こそ好機!我々はコンティンの敵軍に肉薄し、見事撃滅しなくてはならないのです!

 
 というわけで、私はいつも通り解放戦線の戦士で行くことにしました。ベトベトマニアは時代を追っていく形式をとっているので、ある年代になるまでは解放戦線をやろうと思っているのです。正規軍で行くのは72年頃か、それよりもっと後か……。

 ともかく、解放戦線で行くからにはなにがしかの工夫をしていきたいところです。今回も地雷やブービートラップを作ろうかと思ったのですが、結局不発に終わりました(地雷だけに)。

 実施できた新しい試みは、M1カービンの整備と鯉口シャツの投入だけでした。


ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 あまりよい画質ではありませんが。おなじみAGMのM1カービンです。改良点は15連マガジンの脱落防止と、ストックの色塗り替えです。ついでにジャンクパーツを組み合わせてもう1丁を復活させました。
 本当はメイソンさんに売りつける予定だったのですが(ゲス)、なんと途中で機関部が故障してしまいました。

 大丈夫、機関部はもう1個ある!(違う)


ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 蛇足が過ぎるのですが、彫刻刀で文字を掘ってみたり。

「我等はここに生きる」

と書いたつもりです。

 本当は「恋人よ 泣かないで」と書いたのですが、なんと間違ってメイソンさんに売りつける銃(略)に掘ってしまったのでした。よりによってメイソンさんの銃にこのセリフかよと思いつつ。確認は大事ですね。

 ちなみにジャンク品は黒色のストックだったので、文字を掘ったときの色合いがとてもよく出ていました。また色ノリも割と良かったので、塗りなおす前提であればブラックタイプも良いものですね。AGMのM1カービンは安価で、少し弄ると化けます。解放戦線装備に是非。(ヤミカルトさんによれば、実は少年や女性戦士が持っていることが多いとか)









ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 いきなり当日。いろいろ説明を端折りますが、そういうわけで、北側の何人かと一緒に陣地作成を始めたのでした。もちろんこれはプロパガンダ写真。

 実際に作ったのは、海兵隊陣地への接近を容易にする前進陣地でした。


 
ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 近距離まで気づかれないように前進してから展開し、一気に突撃する。そのための前進陣地を掘ったのです。


ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 迷彩効果が表れている写真。緑が一番見つかりにくく、カーキは目立ちます。後述しますが偽装という意味では白は論外ですね……。


ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 陣地作成以外にも、海兵隊陣地“キャンプ・サボイ”への接近経路をみんなで研究しました。弱点がどこにあるか、手に取るようにわかったのはナイショですw

 この事前偵察結果は本戦で充分に生かされることになります。



ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記


ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記 

 迷彩効果を表す写真その2。偽装網をつけた緑色のサンヘルメットは、ほとんど視認できません!

オーキー鈍器さんの人民軍装備が非常に素晴らしいです。60年代の人民軍をやるならこの形を目指したいところ。
75年だと、ビフィズス菌さんやべとななこさんがやっておられるような格好を目指したいですね。

 いっそのこと、今持っている服を染めようかしら……?


 
ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 そんなこんなでいきなり前夜祭に飛びます。

 今回はたらばスリーさんのお勧めで鯉口シャツを導入してみました。農民と言えばブラックパジャマですが、全員が全員黒い服を着ているのもどうかなと思い、白い服を着てみた次第です。小さく透明なボタンは黒いボタンに交換し、下にはインナーとしてVネックを着ています(着ないと透けてしまう)。



 帽子と米袋はベトナムエキスプレスさんのもの。後者は当日購入したものです。
 タオルとブラックパジャマズボンは前から持っているもの。写真では見えませんが、履物は人民軍用のキャンバスシューズ。ホーチミン・サンダルは売り切れだったのです。

ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 カービン銃を構えてみた状態。農民兵っぽくてよい!とヤミカルトさんからお褒めの言葉を頂戴しました!嬉しい限りです。

 装備ベルトには米軍の15連ポーチと水筒を取り付けています。本当は手榴弾ポーチも付けようかなと思ったのですが、肩に回すループが無いものが良かったので今回は見送り。

 ……来年のベトマニでは人民軍戦闘服(緑)、ホーチミン・サンダル、手榴弾ポーチ(ダミー手榴弾付属なし)を購入する予定です。ポーチはループを切って使う予定。



 ちなみに鯉口シャツはアマゾンで3000円くらい。インナーも着ることを考えると、4000円くらいでしょうか。白ですから好きな色に染めるのにも最適です。

 ヤミカルトさんからは、ボタンはもう少し小さな茶色系のものにした方がいいのではないか、とアドバイスを受けました。この黒ボタン、出掛けにダイソーで購入したものなんですよね。せっせと会場で交換したのですが、やっぱりでかすぎましたw

 どこかでよさそうなのを見つくろわなければ。


ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 いつものベトマニ。いいなあ、また行きたい(後遺症)


ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 ナム戦なのに謎の軽機関銃を持ち込んだりしていました。これに関してはまた後日。まあカレリアぐらし実行委員会の面々が来てくださっていたので、11月に初めてお見せするよりかはましかと思い。



 今回、前夜祭であまり酔っぱらわなかったのはビールを飲まなかったからかな?

 ようやくカンベエ様にお会いできて、いろいろとお話をすることが出来ました。ドラム缶で暖をとりながら皆とふざけあったり、レバサシさんとニコルズさんのナム戦音楽部を鑑賞したり……。

 寝よう寝ようといいながら全然寝ない人びと。しまいには肝試しをしようと言い始めて、真っ暗な陣地の方まで行って途中でビビって帰ってきたりw

 くわしくは言いませんが、ブランコでのファテーグボタン全部ぶっ飛び騒動の前後は、水曜どうでしょうの前枠後枠のようなグダグダ感がすげえ面白かったですw





ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 またしても次の日にぶっ飛びます。御覧の通り北側は大盛況!包囲戦の名に恥じぬ大軍勢と相成りました。

……アホカリプス最盛期の頃、米軍は400人規模だったとか聞きますけれど、実際に見たらすさまじい物量でしょうね。




 開会式から戦闘の流れについては、シバさんの動画を参考にするとよいでしょう。毎回、動画撮影と編集、お疲れ様です。この動画のおかげで当日の流れがつかみやすく、したがってブログも描きやすくなるのです。




 今回のベトマニ北側では指揮系統が分けられました。つまり、人民軍と解放戦線です。人民軍の指揮はいつも通りヴィン中尉殿が、解放戦線はインターメッゾォのマイクさんが指揮をとられることになりました。

 そして解放戦線はさらに2分割され、牛糞部隊・馬糞部隊として行動するはずだったのですが、無線機の不調により断念。結果、40人近い解放戦線がぞろぞろ行軍することになりました。

 人民軍の動向はよくわかりません。基本的に人民軍が東側から、解放戦線が西側からコンティン地区キャンプ・サボイ陣地に攻撃を仕掛けたためです。人民軍は敵指揮所攻撃などを実施していた模様です。

 我々解放戦線の軍勢はその兵力をもってキャンプ・サボイの米海兵隊に圧力をかけ続けました。実際、キャンプ・サボイの陣地は阿鼻叫喚だったようです。

 最初の威力偵察の後、私はマイクさんより偵察分遣隊の指揮を任せられました。こんな経験は初めてです!意気込んで偵察に出かけ、敵部隊に接触したは良いものの、敵の「見つかった、逃げろ!」という声に闘志が燃えてしまい、


「逃すなァ、撃てぇ!」



と射撃を加えてしまいました。

 すぐ撤収命令が出され、マイクさんをうろたえさせる事態に。射撃しても良いよと命令を受けてはいましたが、積極的に撃てとは言われていなかったのです。威力偵察ではなかったので。ごぼぼぼぼ。

 今回はわずかな時間とはいえ初めて分隊長を経験することが出来ました。今後に役立てていきたいと思います。


ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 白いままの鯉口シャツが、地方軍では使えなさそうな理由。

 御覧の通り、真っ白なシャツは少し汚れたところで迷彩効果を発揮しません。動画を観てもわかりますが、かなり目立っています。農民の解放戦線戦士をやるならこれでもいいかもしれませんが、せめて灰色に染めたいなと思う次第です。

 もうちょっと検討の余地がありそうですね。いろいろ試していきます。





ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

 今回はまたいろいろな経験をしました。オージーの負傷兵が故郷に帰りたいと囁いていたので、「お前らはいいよな。帰る国があるからな。だが俺たちはここで生きて行かなくちゃいけないんだ」と返したりしました。

 それがM1カービンのストックに「我等はここに生きる」と刻んだ理由でもあります。




 戦争に対して思うことは人それぞれです。その思いに正しさや間違いを見つけて断定することは、少し厳しいことではないかと感じます。

 大切なのは「自分は何を思ったか、こころの中に留めておくこと」ではないでしょうか?

 この趣味をやっている以上、程度の違いこそあれ「戦争」に惹かれている部分はあると思います。それがどういった面なのかは、人によって違うでしょう。


 ベトベトマニアは、考え方の違いを許容してくれています。それが犯罪などにつながらない限り、自由にやらせてもらえるのです。

 これは、とても恵まれた環境であると思います。私のような参加者でさえ、ベトベトマニアというイベントの一員になれるのです。






 次回のベトマニは1968年。ついにテト攻勢です。

 このイベントでは大使館での戦闘が、ビレッジワンのインドアフィールドを用いて再現されるようです。このような機会はめったにあるものではありません。

 サイゴン都市攻撃に参加した解放戦線部隊がどのような格好をしていたのか。4月14・15日までに調べ上げて、装備を完成させたいと思います。なかなか難しいことですけれども、都市部の解放戦線装備をやってみたいです。


 というわけで今回もお疲れさまでした。毎回、大勢の方とお会いすることができ、とても感謝しております。



 全てのベトマニ参加者、来られなかった人びと、フィールド管理者の方、そして運営スタッフ様。

 ありがとうございました。またナムの空の下でお会いできることを、願っております……。


ベトベトマニア4 -Con Thien encirclement - 従軍記

ジャンケン大会で初めて勝ち抜くことができました。実は今まで一度も勝ち進んだことがなかったのです。しかし、この本を見た瞬間に私は確信しました。「この本は、私の手元に来る。何も心配はいらない」

まさにその通りになりました。大切にします。感謝の念でいっぱいです……!


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この記事へのコメント
勝ち抜きおめでとうございます。自分の出した景品が希望する方に渡って嬉しいです。
Posted by トヨトヨ at 2017年09月21日 19:48
初めてブログを拝見します。遅れ馳せながらベトマニ4お疲れさまでした!
自分は南側政府軍のメディックとしての参加でしたが、今回は南北で兵力拮抗という、
こちら側としては脅威の回で救助役の自分も大忙しでした☆
いずれまたフィールドでご一緒しましょう!
それまでご健勝で。。。。。。
Posted by 小倉枕 at 2017年09月23日 11:35
あらら ドクに先をこされるとは!
お疲れ様でした
じゃんけんの景品はマニア垂涎です
正直に羨ましい 京都弁で けなるいな~

今回は やっとこ ラクさんと話ができた
新人が多かった
海兵隊と北側の動きが良かった!
北側の人数が多くて 攻撃を受けると
2~3人を倒しても 飲み込まれた
M1カービンは 素直でよく当たる!
武運に恵まれ 大いに星をあげた
フィンランドソングがやけに耳に残った
ボブさんに一撃! 回りに敵が多すぎて
捕虜には 出来なかった
三回 ドクのお世話になった

来年のベトベトは市街戦!
北側は私服です ごっちゃで難しい
黒パジャマは都会ではNG 正規軍はどうするんだろう?
北も南も難しい ベトナム愛の見せどころです!

つらつらと 箇条書きしましたが
やはりベトベトマニアの全てが愛しい
次回もまた いつもの顔を見たい
ラクさんとは 立ち話ではなく
腰を落ち着けて 酒を呑みたい

長々と書き連ねましたが 再会を楽しみにしてます どうか壮健でいて下さい

乱筆
Posted by カンベエ at 2017年09月24日 05:12
トヨ様
コメントありがとうございます。トヨ様が出品されたのですね!大切にいたします、ありがとうございました!


小倉枕様
コメントありがとうございます。風の便りで、今回の南側衛生兵は殊勲の働きぶりを見せたと聞いております!中には北側の負傷者を助けた方もいらっしゃったとか……(間違えたとも聞きましたがw)
次回もまたよろしくお願いいたします!


カンベエ様
コメントありがとうございます。
ようやくお話できましたね!みなで話し合えるのがベトマニの良いところですよね。

今回、私は数え切れないほど斃れました。北側に負けず、南側も苛烈に反撃していたと思います。キャンプサボイを越えての反撃の中で、何度か政府軍と接触したことを覚えています。一度など隠れている政府軍兵士に気付かず突撃し、慌てて振り返ったところを拳銃で撃たれました。やはり何が起きるかわかりませんね!M1カービンは解放戦線と政府軍の友です。私も愛用しております。

来年のベトマニまでまだ時間があるので、研究できますね。とても楽しみです。

また来年、お会いできることを楽しみにしています。その時はサイゴン市民……そして解放戦線決死隊として相対する覚悟です。よろしくお願いいたします!
Posted by ラクの戦争は終わったラクの戦争は終わった at 2017年09月30日 22:28
初めまして

こんなにマニアの方がいらっしゃるなんて驚きました
実は私は米軍側から見たマニアの端くれです

この度、古いlife誌をヤフオクに出品しようと所有している1967・october・27 con thien(特集)を基に検索していて辿り着きました
後程yahooブログに内容をupしますので興味が有ったら見て下さい
「南風蔵の貯金箱」で検索すると出て来ます

また寄らせて頂きますね
Posted by gumizo at 2017年10月25日 08:17
 
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