2018年03月09日
書籍紹介:ティモ・サンドベリ著 処刑の丘
今回紹介するのは雪中の奇跡でも流血の夏ではありません。北欧空戦史や白い悪魔でもありません。
近年出版されたばかりのミステリ(サスペンス)小説、処刑の丘です。
ティモ・サンドベリ著
「処刑の丘」
東京創元社
古市真由美訳
あらすじ
深夜、かつて虐殺の舞台になったことで<黒が丘 (ムスタマキ)>と呼ばれた場所で、男たちが“処刑”と称し一人の青年を銃殺した。死体発見の報を受けた警察は、禁止されている酒の取引に絡む殺人として処理したが、ケッキ巡査だけは納得していなかった。事件の陰に見え隠れする内戦の傷。敗北した側の人々が鬱屈を抱える町で、公正な捜査をおこなおうとするケッキ。はたして正義は果たされるのか?
(処刑の丘より抜粋)
近年出版されたばかりのミステリ(サスペンス)小説、処刑の丘です。
ティモ・サンドベリ著
「処刑の丘」
東京創元社
古市真由美訳
あらすじ
深夜、かつて虐殺の舞台になったことで<黒が丘 (ムスタマキ)>と呼ばれた場所で、男たちが“処刑”と称し一人の青年を銃殺した。死体発見の報を受けた警察は、禁止されている酒の取引に絡む殺人として処理したが、ケッキ巡査だけは納得していなかった。事件の陰に見え隠れする内戦の傷。敗北した側の人々が鬱屈を抱える町で、公正な捜査をおこなおうとするケッキ。はたして正義は果たされるのか?
(処刑の丘より抜粋)
1、本の内容、背景
この物語は1920年代初頭のフィンランドが舞台となっています。凄惨な内戦が終結してからあまり時間は経っておらず、それでも独立直後の困難を乗り越えたばかりの頃です。
処刑の丘はあくまでもフィクションながら、1920年代におけるラフティ(ラハティ)市の生活を垣間見ることができます。作者はラフティ生まれであり周辺の地理に詳しいばかりか、当時のフィンランドを調べ上げているようです。綿密な描写の数々は、まるで当時に生きているかのようです。特にサウナが年齢階層を問わない交流場となっているところや、禁酒法の網を掻い潜る密造者のくだりはかなり興味深いです。
そのラフティ市近郊で殺人事件が発生するところから物語が始まります。この物語で主人公となるのは刑事部巡査オッツォ・ケッキ。警察は違法な密造酒を巡る争いが原因であると断定しますが、彼自身は違和感を覚えます。現場検証の結果、オッツォは不自然な点をいくつも発見し、被害者が労働運動に従事していることを突き止めます。
オッツォは自身の信念に基づき、あくまで公正な捜査を貫こうとしています。しかし共産主義者(と目される者たち)に然るべき権利を与えることは、内戦の勝利者である体制側に楯突くことでもあります。オッツォは捜査を続けますが、妨害を受けてなかなか進展しません。そして第2の犠牲者が生まれてしまうのでした。
内容的には後述しますが、サスペンス要素の強いミステリかなという気がします。もちろんアメリカの禁酒法時代のようにギャングと派手な撃ち合いをする訳ではありませんが。
2、内戦の傷
今までフィンランド内戦の情報を日本語で得ることができたのは、一部の書籍くらいしかありませんでした。フィンランド内戦の経過などは大まかに理解できても、実際そこで戦った人々の心情に触れることは難しいことでした。
その中で映画「4月の涙」はこうした内面が描かれており、フィンランド内戦について知ることができる映画となっています。
しかしながら、ほとんどの媒体でフィンランド内戦は勝利者である白衛隊の側から描写されております。4月の涙も白衛隊の虐殺には触れていますが、それはあくまで赤衛隊を捕まえた側……白衛隊の兵士が疑問を投げかけるという視点になっています。
「処刑の丘」の登場人物の多くはフィンランド政府にいい印象を抱いていません。内戦後のフィンランドは白衛隊が体制側を席巻したため、赤衛隊に所属したり支援をした者は徹底的に追放されます。それでなくても、白衛隊に批判や疑問を投げかけたり、あるいは赤衛隊に同情的であるだけで危険人物とみなされるのです。特にラフティのような都市部の労働者などは赤衛隊に共鳴していた者が多かったため、社会は分断され、その後長らく溝が埋まることはありませんでした。有力者でさえ口を挟むことができない、ある種の白い狂気とも言えるような状況だったのです。
物語の背景はまさにこのような時代であり、どこか暗い雰囲気が描かれています。舞台の一つであるサウナにも多くの人々が出入りしますが、ここにも明暗が分かれています。登場人物たちの多くが内戦の被害を被っており、白衛隊基盤の政府には懐疑心を抱いています。彼らにとっては内戦は終結しておらず、今なお弾圧が続いているのです。
物語の中ではこれら内戦の傷が重要な役割を果たすことになります。
3、正義と公正
この物語の背骨は「犯人は誰か」ではなく、「どうすれば犯罪を立証できるか」に充てられています。
オッツォ・ケッキは殺人という重篤な犯罪を裁くために犯人を追い立てていきますが、中立という立場は許されません。しかしオッツォははあくまで犯罪者にそれ相応の処置を与えたいのであり、赤か白かで判別するようなことをよしとしていないのです。たびたび干渉に遭いながらも、殺人事件の犯人を見つけようとします。
その結果、彼は大きな壁に突き当たる事になります。
透明だが決して突き破れない壁。
この物語の中で体制側に正義はあっても、公平さは決してないのです。
この本を読み進めていると、フィンランドという国が実際どのような状況だったのかが少しだけ理解できます。もちろんフィクションですから内容には当然間違いと偏りがあるでしょう。それでもこの本は読むべきだと思います。フィンランド軍が好きな方がこの本を読むと、ひょっとするとフィンランド軍が嫌いになるかもしれません。
ちなみにこの物語にもマンネルヘイムがちらっと登場しますが、その扱いはなかなかのものです。もちろん物語の性質上、彼は救国の英雄としては描かれていません。では悪玉なのかと言えばこれも違います。マンネルヘイムは変なフィンランド語を話すという道化として描かれているのです!内戦中のラフティ市における戦闘の推移なども回想という形で書かれています。ドイツ軍兵士に対する複雑な思いなど、感じ入る部分は多々あります。
物語の結末はある意味でとても痛快であり、同時にひどく気落ちする展開となっています。
フィンランドのこと、特に内戦時代〜禁酒法時代をもっと知りたい方は、ぜひ読むことをお勧めします。もちろん、歴史ミステリ・サスペンスが好きな方にもおススメです。
どうやら本国では続編が出ているようで気になるところ。日本語版でも是非読んでみたいものです。
処刑の丘 [ ティモ・サンドベリ ] |
個人的にはラフティとロヴィーサを結ぶ鉄道の存在が気になっていたりします。これは実際に存在した軌間750mmの狭軌鉄道だったようです。かなり最近、1960年代まで存続していたとのこと。日本でいう軽便鉄道ですね。“ロヴィーサの雄牛”とはどのような機関車だったのでしょうか。